「ネット人格」という言葉があります。拙著「出会い系サイトと若者たち」でも指摘しています。つまり、日常的に「演じている」人格とは別に、ネット上で演じている人格が存在するということです。

 通常のコミュニケーションが、言語によらない非言語コミュニケーションに大半を依存し、文字や言葉によるコミュニケーションは1割にも満たないと言われています。日常は、非言語コミュニケーションが大半で、対面コミュニケーションです。そのため、「見た目」や「間」、相手からの評価が即時的などによって、コミュニケーションを適度に修正していると思われます。ただし、それを気にしなかったり、その快適・不快を感じ取れない人たちは、修正しないだろうし、気にしたり、感じ取れても、修正できない場合もあるでしょう。

 一方で、ネット上のコミュニケーションは、言葉至上主義です。文字や言葉に大半を依存しています。掲示板やメールなどレスのスピードなどにも依存しますが、基本的には言語コミュニケーションです。そのため、論理や知識によるところが多くなってきます。そうした言語至上主義的な上に、非対面コミュニケーションという特性が加わって、「ネット人格」が現れるのです。これは、パソコン通信のころから言われており、研究者の間でも、細かい、揚げ足取りのようなやりとりもなされることがありました。それを「フレーミング」と読んでいます。

 最近はブログやSNSの発達・流行で、ネットコミュニケーションそのものが技術的にやりやすくなりました。しかしその反面、コミュニケーションの特性を理解できない、あるいは知らない人も参入してきています。知り合いなどのネットコミュニケーションを見ていても、ときどき、「痛いな」と感じること増えてきました。