「失恋論」イベント

「恋愛は必要なのか!?」対決トーク

 本田透VS切通理作




 このイベントに行ってきました。





 「恋愛は宗教」。

 そう言っていたのは「電波男」著者の本田さんだが、「失恋論」著者の切通さんがそれに納得したのは、意外な気がした。それと、やはり、切通さんはヲタク体質全開ではあったが、失恋をネタにすることで、乗り越える=成仏させているのかな?って思えた。



 そもそも、恋という感情は、恋いこがれる、いわば憧れにもにた煩悩のようなもの。それが「終わる」、つまり「失恋」という状態になるためには、相手への思いがなくなる状態なんじゃないのかな?



 でも、恋愛という「かたち」にこだわると、「付き合う」かどうかに注目してしまう。切通さんは、相手とどういう恋愛をしたいかを妄想していた、と。でも、それは、「かたち」を実現するかしないかではない。切通さんが「恋をしていると、それだけで幸せになれる気がする」というようなことを言ったとき、本田さんは、「じゃ、(恋をしたとしても、)付き合わなくていいじゃないですか」と言っていた。それはある意味、的を得ている。



 恋は「想い」であって、「かたち」じゃない。ただ、「想い」を抱くとき、少しでもそばにいたい、ふれていたいとは思うもの。つまり「かたち」にこだわるようになるのも、煩悩でしょうね。

 しかし、ふられたとき、「かたち」にこだわると、「付き合えない」わけで、それは「失恋」になるのかも。でも、「かたち」ではなく、「想い」にこだわれば、関係性ではなく、自分の想いをどうするかが焦点となる。それで、「付き合えないから、恋も終わり」となれば失恋。「付き合えなくても、まだ好き」であれば、恋は続く。



 それにしても、二人の「恋愛は必要なのか?」の対立点は見えにくい。恋愛は本能的なもので、しちゃうのも仕方がないというのは共通点。ただ、本田さんは対象が2次元ということなのか。



 ただ、3次元だろうが、2次元だろうが、失恋してしまえば、死にたいとは思わないまでも、自分の存在価値を見失うのだろう。そのあたりのトークが聞けなかったのが残念だったかな。